第六話
「ここだよ!」
遊子が指差した先は、近頃では珍しい木造の建物だった。
成る程、ここが「いっぱいお菓子をくれる店」か、と二人は唸る。外見からすれば、少し古めの普通の店だ。
これでうさんくささが溢れるようだったら遊子に通うのをやめるように諭すところだが、外見からでは判断が付かない。
表に掲げられた薄汚れた文字に、ルキアは目を引かれた。
「浦原、商店…」
何となく口に出して読んでみる。よく見れば汚れているのは高く掲げられたその看板ぐらいで、
それ以外は存外奇麗であった。
掃除が行き届いているということは、きちんと「店」として機能しているということだろう。
これで店主がロリコンでなければ一安心だ。
「こーんにちわー!!」
朗らかな声を響かせて遊子がガラガラと引き戸を開ければ、
小さな面積に整然とお菓子や小さな玩具が並んでいるのが見えた。
その声に呼応するようにダダダダ…と乱暴な足音が鳴り響いて、奥から目つきの悪い少年が出てくる。
店主の子供か何かだろうか。
少年は遊子の姿を視界に認めた途端見る見るうちに真っ赤になった。
「お、おう!なんだテメーまた来たのか」
「うん!だってここ安いし!」
あからさまに不自然な少年の様子に、気づくことなく笑いかける遊子。
ああ成る程そういうことか。ルキアたちは全てを納得した。
一護は複雑そうな、ルキアは面白いものを見たような表情で遠くから小さな二人を見守る。
なかなか微笑ましい光景だ。……けれど。
目の前の遊子のことでいっぱいいっぱいになっていた少年は、突然そのつり上がった目を驚愕に見開いた。
「あ…あんた…」
ルキアは少年の異変に瞬く。少年の視線の先は自分にあった。
何だと言うのだ。
訝んで、それでも先ほどの少年の様子に気が緩んでいたルキアは二人に近づこうと歩みを進めた。
「お前は留守番か?偉いな、坊主―――」
「うっせー!買うもん買ったら早く出てけ!!」
突然の大声に、傍に立っていた遊子がびくりと肩を震わせた。
それを向けられた当の本人であるルキアもやはり驚き固まったが、特に何も言い返さず、
怒鳴り声への不快感に軽く眉を寄せるに留める。
ルキアは短気だが、小さな子供相手にムキになるほど子供ではないのだ。
背後に立つ一護が、代わりに声を上げた。
「おいおい、客に対してそりゃないだろ」
「そうだよ、ひどい!!」
想いを寄せているだろう遊子にまで責められてたじろぎながらも、
けれど少年はルキアに対する態度を解こうとはしない。
遊子は涙を浮かべるほどに怒っているし、先ほどまでの微笑ましい光景はまる崩れだ。
……困った。
向けられた怒りは覚えの無いものだが、この居心地の悪さをそのままにするのは本意ではない。
ルキアは仕方ないという風に溜息をついて遊子の頭を撫でた。
「私は構わぬよ。子供などこういうものだ。遊子、私は先に出ているが、あまり急がなくてもいいぞ」
「う、うん…」
開け放たれたままの扉から再び外に出れば、蒸されたような暑さが再び身を包む。
思った以上に店の中は涼しかったようだ。
その落差を不快に感じて、ルキアは日陰を求めるようにゆったりと歩き始めた。
遊子が買い物を終えるのには少し時間がかかるだろうし、あまり遠くに行かなければ問題は無いだろう。
確か角を曲がった所に屋根のある店があったはずとそちらへ向かおうとして、しかし突然ルキアは足を止めた。
道の脇に小さな黄色いものが落ちている。ゴミにしては奇麗な黄色だ。
―――ぬいぐるみ?
拾い上げてみれば、それは確かにぬいぐるみだった。
凛々しさとは程遠い丸いフォルムはぬいぐるみ特有のもので、けれど茶色の鬣から考えて、
それはライオンなのだとすぐに分かる。
(……どこかで見たことがあるような)
思い出そうとするが、いくら頑張ってみても記憶の糸は途切れたままだ。
ルキアは溜息をつく。恐らくこれは何かのキャラクターで、この前織姫たちと行ったファンシーショップででも見たのだろう。
そう考えるとうんうん唸っているのも馬鹿らしくなり、ルキアは記憶を掘り起こすのをあっさりと放棄した。
しかし、どうしたものだろう。ゴミというわけではないだろうし、恐らく子供の落し物なのだろうが。
拾ったはいいものの、それをどうしたら良いのか分からずにキョロキョロと視線を巡らせた。 ―――と。
「それ…」
か細い声が背後から聞こえ、振り返る。ルキアの目線の少し下で、
長い前髪から覗く気弱そうな目がこちらを見つめていた。
先ほどの少年や遊子と同い年、もしくはそれよりも少し下くらいか。
ルキアは自身が手に持っているそれと少女を見交わして、ああ、と声を上げた。
「これはお前のか」
こくん、と少女が縦に振る。どうやら相当な引っ込み思案なようだ。
少女にぬいぐるみを渡してやると、彼女はギュウギュウと両の腕でぬいぐるみを抱きしめて、
表情が見えなくなるほどに深く頭を下げた。
「あの……ごめん、なさい」
小さな囁きが耳に届く。何が「ごめんなさい」なのだろうと思った次の瞬間には、少女は走り出していた。
外見からは意外に思うほど彼女の足は速く、呆気に取られているうちに少女は消えた。
―――入っていったのは、浦原商店だ。
「……何なのだ、あの店は」
呟きは、歪んだ空に溶ける。
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