恋をする人




 渡り廊下の向こうに、よく見慣れた二つの黒い頭が見えた。
 大人と子供ほどもある身長差がある二人は、どちらも自分にとって大事な部下だ。
 仕事の話をしているんだろう。朽木の顔は真剣で、恐らくは眉間に軽く皺を寄せていた。
 対する海燕はいつも通りの朗らかな表情で、ひょいと朽木の眉間を指先でつつく。

 少女らしい大きな目が、驚きに更に丸く開かれて、先ほどまでの頑なさが見る見るうちに綻んだ。

 朽木のそんな顔は、俺も滅多に見たことが無い。
 彼女は人間関係にひどく不器用で、笑顔ひとつ取っても未だぎこちなさが残るのだ。
 そんな彼女が無防備な表情を浮かべるのは珍しく、俺は率直に「いいものを見たな」と思っていた。

 海燕もそうなのだろう。嬉しそうにぐしゃぐしゃと乱暴に朽木の頭を撫でると、
 その手を「またな」と言うように大きく振って去っていく。




 海燕殿、と朽木の唇の形が小さく動いた。




 彼に乱された黒髪に手を触れ、俯いて。
 眉尻を下げて浮かべた微笑は柔らかく美しく、けれど。けれど。





 (馬鹿野郎、朽木)