愛の形は人それぞれ




  「断る」
  至極あっさりと告げられた返答に、ギンは普段崩さぬ飄々とした笑みにピシリとショックを含ませた。



  美しい藍地に赤い花。それとお揃いの花簪を髪に飾ったルキアは死覇装の時とはまた違う高潔な姿を保っていた。
  その小さな唇を彩る紅は非番だからこそのものであるが、決して昨夜を共に過ごしたギンのためではない。
  「今なんて言うた?」
  ギンは問うた。この時はまだ冷静であった。けれど対するルキアは更に冷静で、何だ聞こえなかったのかと
  令嬢然とした姿に似合わぬ堂々とした腕組みをしてみせた。

  「だから、お断り申し上げる、と言っているのだ。聞こえたか、市丸隊長殿?」

  にっこり。表情も言葉も慇懃無礼としか言えないような鮮やかなものだった。
  張り付いた笑顔は決して純粋な好意からのものではなく、しいて言うならば「嫌味」だ。

  一大巨編になりそうなほどの紆余曲折を経て手に入れた恋人がようやく浮かべるようになった笑顔は
  大体がこんなものばかりで、無防備な笑顔などは滅多に見せてくれない。
  そんなに自分に素の笑顔を見せるのが嫌なのだろうかと、彼女の隙のない笑顔を見るたびにギンは少々寂しい気持ちになる。
  もしも見れたならその日はルキアを片時も放さないほど喜ぶと彼は思うのに。
  (ちなみに、それが嫌なのだというルキアの言葉は完璧に無視している。)

  ギンは彼女を手に入れるために手段を選ばなかったし、多少とは言えない騙まし討ちのような駆引きが繰り返されたのも事実だ。
  そんな経緯で恋人同士になったものだから、ルキアは恋人になってからも態度を変えようとはしなかった。
  自分からキスをすることはあっても心から身を委ねることはない。恋人になり遠慮がなくなったのは毒舌ばかりで、
  その唇から甘い言葉が出てくることは滅多にない。手玉に取られてたまるか、といつまでも意地を張る気の強い恋人は
  もしかしたら「落ちたら」負け、とでも未だに思っているのかもしれない。
  ―――たまには愛情返してくれてもええんちゃうの。
  そんな風に拗ねてはみるけど、つれない彼女もギンにはまた愛しいし、また何よりも時折見せる彼女の素の表情に
  ルキアの想いの真実を知っている。頑固な彼女が不器用にも告げる、稀すぎる愛の言葉が偽りだとは思わないし、思いたくない。



  だから言ったのだ。

  義兄に嘘をついての朝帰り。「雨が降ったため途中にあった隊舎に泊まった」彼女が隙のない姿で屋敷に帰る。
  その姿に柄にもなく寂しさを感じてしまったのは、昨夜の彼女があまりにも可愛かったからか。
  いつもならばルキアが呆れるような口八丁手八丁さを発揮するのに、今日に限って出てきたのは似合わない
  真剣すぎる言葉だけだった。




  「何でや?ボクのどこがあかんの?」
  「……貴様。自分に良いところがあるとでも思っているのか」
  本気で呆れた目をしたルキアは、そのまま大きく嘆息した。そして人差し指をギンにつきつけ、
  きっぱりとした口調で言い放つ。

  「理由は簡単だ。貴様と結婚してまともな結婚生活を送れるとは思えない。
  子が生まれたらあの狐はきっと食うだろうと兄様が言っていたしな。それは御免なので遠慮したい」

  (何やそれ!)

  今頃屋敷で朝帰りの義妹をプルプルして待ち続けているだろう未来の小舅に対して、
  ギンは勝者でありながら恨みがましい気持ちでいっぱいになる。近いうち現実になるだろう決闘では
  ルキアがなんと言おうと心置きなく本気を出そうと心に決めた。
  そういうわけだ、と既にこの話は終わったというような顔をしているルキアの細腕を掴み引き寄せると、
  ギンは口づけを落とし、彼女への説得を試みる。
  「キミこそボクのこと何やと思うてんねや。キミとの子供やったら十でも二十でもええし、
  ルキアちゃんも子供もほんまのほんまに可愛がるで?」
  「可愛がる、ではなく苛めるの間違いではないか? 貴様の愛情表現が歪んでいることは
  身をもって知っているからな。できれば被害は広めたくない」


  断固として求婚を受ける気のないルキアの腕に、不意に強い痛みが走った。
  反射的にきつく閉じた目を開けて、紫紺の目が睨めつけるように見上げれば、
  それよりも更に冷たい蒼の双眸がルキアを見下ろしていた。掴まれた腕が、鈍い音を立てる。
  「離せ、ギン」
  ルキアは落ち着いていた。その落ち着きが更にギンを苛つかせた。
  「せやったら、ルキアちゃんは誰と結婚する気なんや?」
  「離せと言っているのが聞こえないか」
  「ボク以外の?」
  ―――己の言葉に、憎悪を覚えた。
  少しずつ少しずつ、彼女が他の男を見ないように仕向けてきたというのに、
  結局彼女は己の手からスルリと抜け落ちてしまうのか。
  あと少しでも力を入れてしまえば折れてしまいそうな細腕が更に悲鳴をあげたのを、ギンは聞こえないフリをした。

  「ギン!!」

  もう片方の手が彼の頬を張った。パチンと小気味良い音に力が緩み、その隙に細腕が逃げる。
  痣が腕輪のように腕を変色させていた。





  「………謝らぬぞ。くだらないことを言う貴様が悪いのだ」
  「ボクも謝らへん。ルキアちゃんがボクのこと苛めるから悪いんや」
  子供か、貴様は。
  無音で動いた唇はそう伝えていた。回復鬼道を使えばすぐにも治るその痣を、けれどルキアは擦るだけで
  消そうとはしない。それは怒りの表れか、それとも彼の怒りに対する後ろめたさなのか。



  「……やはり子は難しいな。貴様だけで手一杯だ」

  ぽつりと、聞こえるか聞こえないかの声で呟かれたそれに、それまで拗ねたように顔を背けていたギンが振り返る。
  今彼女は何と言った。
  先ほどまで掴んでいた手を再び、今度は傷つけない程度の力で握った。

  「ルキアちゃん。―――ボクと結婚してや」

  同じ言葉を、再び告げる。だってきっと望みはあるのだ。
  彼女の選択肢の中に、自分との結婚は含まれているのだ。それならば。そうでなくとも。
  何度だって告げてみせよう。断られても、断られても。

  ―――貴様はしつこいのだ、馬鹿者!!

  ルキアがそう言って、ギンを受け入れた時のように。




  ルキアは僅かに逡巡して、けれど真剣な顔をして短い言葉を告げた。
  ハッキリとした口調だった。

  「断る」


























  「――――――と言ったのは撤回しよう。返事は一年待て。
  それまでに多少はその性格を直すんだな」

  ニヤリ、と。
  悪戯に満ちたその顔は、直後抱きついてきた男によってすぐに崩された。






  ボク以外の誰と結婚する気なんや。
  尋ねられて、それもそうかと思ってしまったことは彼女だけの秘密。